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狩野探幽の弟

 投稿者:見つけた絵  投稿日:2017年 8月12日(土)19時35分25秒
  狩野尚信 『天女図』

狩野探幽の弟

天女(てんにょ)は日本の伝説上の存在。
天女は、天部に住むとされる女性のことで、天帝などに仕えているとされる女官の総称である。
中国神話では、黄帝を助けた西王母ら7名の仙女を七天女と称する。

七夕伝承に見立てたのか。琴で呼び出しかも。


 
 

天気

 投稿者:  投稿日:2017年 7月22日(土)18時49分10秒
編集済
  2017年7月21日北部九州梅雨明け。気温36度。  

天気

 投稿者:  投稿日:2017年 7月13日(木)11時37分48秒
編集済
  2017年7月13日南部九州梅雨明け。   

 投稿者:  投稿日:2017年 7月 2日(日)13時43分58秒
編集済
  2017.7.2ノウゼンカズラ,カサブランカ満開。  

緻密な大和絵の小野小町画

 投稿者:見つけた絵  投稿日:2017年 6月26日(月)09時13分46秒
編集済
  緻密な大和絵の小野小町画

作詞は江戸初期狩野派絵師『「貝原益軒像」』絹本彩色

和田氏の出で、本姓は岩本、諱は季信。幼名は権四郎、市右衛門と名乗り、後に釣深斎と号した。法橋。昌運の子孫が所有する家系図によると、和田惟政の玄孫だという。惟政の子・郷可(系図では「卿可」)は蒲生氏郷の配下だったが、昌運の子祖父可信は蒲生秀行に造反し、徳川家康に参じた所、領地を没収され、岩本町に引っ込んだ。そのため岩本氏を名乗り、父・可武(岩本弥左衛門)は、宇都宮に移り住み、昌運はその三男として生まれた。

14歳で狩野安信の弟子となり、21歳で画の修業を終えた。安信が晩年目を患うと、公用の絵も含め代筆を任された。1680年(延宝8年)に安信が記した『画乗要訣』でも、口述筆記を任されてた。昌運自身も、のちに『昌運筆記』を著している。

1690年(元禄3年)頃から350石と破格の家禄で[1]黒田氏に仕え、福岡に下る。これは藩主・黒田綱政が狩野安信の弟子だった関係からだと考えられる。

「貝原益軒像」「貝原益軒像」

天地は万古(ばんこ)有るも、此の身は再び得られず。 人生ただ百年、この日最も過(すご)し易し







 

東方朔という仙人

 投稿者:見つけた絵  投稿日:2017年 6月 9日(金)17時26分47秒
  東方朔という仙人であり、西王母を伴い重ねて参内すると言って消え失せます。やがて東方朔が現われ、西王母を招き、長寿の桃実を帝に奉じ、舞を舞い、夕陽が西に傾いた頃、帰って行きます。 唐物語によると、漢武帝の時代、

巧みなユーモアと奇行により道化的存在だった。西王母の桃を盗んで食べ長寿を得たという

 

家庭菜園

 投稿者:  投稿日:2017年 6月 7日(水)11時47分40秒
  2017年6月5日らっきょ収穫。今年は小ぶりが多かった。  

家庭菜園

 投稿者:  投稿日:2017年 6月 2日(金)13時59分56秒
  2017年6月2日ニンニク、玉ねぎ収穫。  

鳥取境港から送られてきた

 投稿者:朝倉  投稿日:2017年 5月30日(火)11時47分57秒
  境港駅前の写真
水木しげるロードの改装看板
妖怪列車

妖怪会議
 

家庭菜園

 投稿者:  投稿日:2017年 5月25日(木)19時01分31秒
  2017年5月25日ポットで育てていたモロヘイヤ、しし唐を畑へ植え付け。ゴウヤの苗を植え付け。  

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