teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


日本手話教室のご案内

 投稿者:ハム太郎メール  投稿日:2008年 9月19日(金)01時32分35秒
  初めまして。この場をお借りしてお知らせしたいと思います。
よろしくお願いします。

ろう者と手話でお話してみたい!
ちゃんと手話を覚えてみたい!そういう方のために教室を開きます
(あくまでも手話普及のための市民活動です)
詳細
http://www.geocities.jp/kanagawa_artspot/ivent/JSL/mokuji.htm
 
 

ミャンマー・サイクロン

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 5月18日(日)22時21分55秒
編集済
  ヤン坊マー坊天気予報
ミュージック・スタート
ぼくの名前はヤン坊 (首都の名前はヤンゴン) ぼくの名前はマー坊 (元の名前はラングーン)

二人合わせてヤンマーだー (国の名前はミャンマーだー)
君と僕とでヤンマーだー (ビルマと云わずにミャンマーだー)

注:十数年前のテレビ番組ボキャブラー天国より
 

吸血鬼ドラキュラ

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 5月 5日(月)07時53分6秒
編集済
   私は高校生の頃、昭和46年頃、たぶん夏休みだったと思うが、一晩でブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』を読んだ。その時の印象は、”とても怖くて読むのを止められなかった”のである。
 創元推理文庫のその本は、いつの間にか無くなった。それ以来、書店で捜しても無い日が続いていた。最近になって古書ネットで捜し当てたが、千円くらいの文庫本を一冊だけ注文するのに抵抗があり、買おうか、買うまいか、在庫のある古書店に、他に抱き合わせで欲しい本はないか・・・いろいろ思い巡らしていた。
 その文庫を昨日、新刊書店で見つけた。カバーの絵は当時のものとは異なっているが、間違いなく『吸血鬼ドラキュラ』で、ブラム・ストーカー、平井呈一訳、創元推理文庫、定価860円。早速購入する。今すぐ読みたくて仕方がないが、まず現在読みかけの『ゲゲゲの女房』と、まんが『カラマーゾフの兄弟』を読み終え、その次に読むのが区切りが良いと考える。
 

あだ名はボス

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月12日(土)21時55分57秒
  2006年5月30日

尾崎一雄全集第六巻より
尾崎の娘、圭子が中学二年の頃の話である。
”こほろぎ”という終戦前の病苦の生活を作品に書いたとき、傍にいたのは当時三歳の圭子だった。
尾崎は末娘の圭子が可愛いらしく、連続ラジオドラマにもなった”末っ子物語”という長編を書いている。
この作品は”あだ名はボス”だが、最後は”乙女の祈り”で締めている。
 

秋の色

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月11日(金)22時53分15秒
  2006年5月29日

尾崎が中学生の頃、近所に疎開していた娘を思い出す。
尾崎はこの娘に好意を持つが、やがてこの娘は越して行く。
そして彼女から便りが届き、その文に「今まで目の前に大きく眺められた富士山が、ここからは、ほんとに小さく小さくしか見えないので、何だか悲しくなります」とある。
尾崎はこの娘との富士登山の経験を想い出し、終戦前のB29を思い出す。
この「秋の色」はこれで終わっているが、私はその好意を持った娘が、数十年後老人になって尾崎を訪ねているのを他の作品で読んだ。
 

街の古本屋

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月10日(木)22時04分14秒
  2006年5月25日

街の古本屋で尾崎一雄の本を探したが、見つからなかった。
尾崎関連の本を探すと、二つ見つけた。
一つは「現代文章宝鑑」という分厚い本で、1982年に柏書房から発行されたもの。
定価は6500円だが、1500円で買った。
中に尾崎一雄の項目が二つあり、最初は「死とのつきあい」、二番目は「”あきれたね”」である。
家(うち)に帰って読んでみると「虫のいろいろ」と、「暢気眼鏡」からの抜書きだった。
関連の本、もう一つの方だが、日本放送出版協会(NHK)の「私の自叙伝」①②③で、③に尾崎一雄のことが載せてある。
NHKのテレビかラジオの番組で、インタヴューを文章にしたようなものである。
これは「病と貧乏と芳兵衛と」と云って、尾崎一雄全集にも載っていないものだ。
三冊定価3000円を、2000円で買った。
 

蟻・蜂・蜘蛛

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月 8日(火)23時42分50秒
  2006年5月23日

尾崎一雄全集第六巻から最初の「蟻・蜂・蜘蛛」を読む。
まず”蟻”だが、尾崎文学を読んでいると神奈川の方言が、まるで標準語のように使われているのに気付く。
”こごんで”とか”こごめて”とかで、標準語だと”しゃがんで”だろう。
私の方では”かごんで”という。
”蜂”は、尾崎の家の北側の小道の石垣の穴から出てきたジガバチで、蜘蛛との格闘を観察していたが近所の人が通りかかって、挨拶をしているうちに見失ってしまった話である。
”蜘蛛”は、夜、碁盤に石を並べていると、とても大きな蜘蛛が出てきて、尾崎に向かってきた話。
彼が病気で寝ていた頃は、蜘蛛に対して一種の親しみさえ覚えていたのに、向かってきた蜘蛛に驚き殺してしまう。
 

ことども

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月 7日(月)23時47分20秒
  2006年5月21日

尾崎一雄全集第六巻の月報より、加藤英夫の「尾崎一雄さんのことども」を読む。
加藤英夫は文壇の人ではなく財界の人で、尾崎一雄等が創刊した雑誌「風報」に原稿を寄せたことから、交流があったようだ。
加藤は荒木十畝画伯の鯉の軸を尾崎に送ったことと、その御礼の手紙を貰ったことも書いている。
この鯉の軸は、どの本だったか忘れたが、尾崎一雄と丹羽文雄の二人がシミジミと観ている写真を見たことがある。
あの掛け軸に違いない。
 

エクリチュール

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月 6日(日)21時41分19秒
  2006年5月20日

尾崎一雄全集第六巻・月報より、平岡篤頼の「尾崎さんのエクリチュール」を読む。
これは尾崎一雄の性格の、調べ魔という面を取り上げ、「ペンの散歩」という単行本の随筆作品について書いている。
長年、尾崎一雄を読んでいる私には、平岡氏の短文での訴えている内容が、よく理解できる。
 

行った日のこと

 投稿者:いとう  投稿日:2008年 4月 5日(土)23時26分15秒
  2006年5月18日

尾崎一雄全集第六巻を開くと、月報が挟まれてある。
庄野潤三の「下曽我へ行った日のこと」というのがあって、読んでいて下曽我の風景と、尾崎一雄の人の好さがよく判る。
小田原で鰻を食べる話も良い。
私はこの5月の連休で小田原に行ったが、この庄野潤三の文章を読んでいれば鰻屋に入ったのに、タクシーの運転手の紹介で、そば屋に入った。
 

レンタル掲示板
/13