焚き火を囲んで聞く神のものがたりの読者対話掲示板



カテゴリ:[ 趣味 ]


34件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。


[48] 体系知という

投稿者: なかむら 投稿日:2017年 7月22日(土)10時21分8秒 pl28677.ag0102.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

大頭先生、さっそくのお返事ありがとうございます。
いやいや、「先輩」呼びなんて決してしないで下さい…と書こうと思ったのですが、よく見れば平仮名の「せんぱい」ですね。さすがの遊び心です。日本語って面白いですね。
また前回の先ほどの投稿では、ランサム先生のお名前が「山崎」のところ「山﨑」になっていました。山崎先生、申し訳ありません。


さて応答下さった件に関して、改めてあれこれ考えてみました。
確かに、僕たちが言語をあやつる人間である以上、何らかの「枠組」なしに学問することはできないように思われます。
ことばはあるフレームワークのなかでしか語れませんから、言語を使用する時点で、神をある枠のなかに入れることは不可避なのでしょう。

ただ問いとして残るのは、「体系だった理論」という枠組のなかに、神を(一旦であるにせよ)入れる必要はあるのだろうか、ということです。
神学が「体系知」(とひとまず読んでおきます)vs「体系知」という構図を前提として、より合理的な体系知を目指す必要はあるのだろうか、という問題です。

確かに、学問の世界は通常、論理的整合性をつけた「体系知」でないと取りあげられない、見向きもされない、という世界なのかもしれません 。
けれど、「体系知でないと学問としての真正さを欠く」という考え方が仮にあるとすれば、もしかするとその前提こそが疑われないといけないのかも…と思うのです。(いや分かりませんが)

たとえば、プラトン初期の対話篇を思い浮かべます。
そこでの哲学という営みは本来、隙間の無いモノローグ的な理論によって構築されるべきものではなかったように思うのです。
対話のうちに密かに現れる、語り尽くせぬ「余剰」のなかに真理を探っていく、という愛知の営みだったと認識しています。(レヴィナス哲学にも同じものを感じます)
また聖書が、神論を扱う体系的な書物ではなく、神と民との間で展開する様々な矛盾を含んだ対話・物語として書かれているという点にも、真理探究のあり方の一つが示されているように思われるのです。

学問の底流にそうしたギリシャ哲学とヘブライズムが流れていることを思い起こします。
学問が真理探究の営みだとして、体系だった理論はもちろん非常に有用ではありますが、それを前提としない道もまたあるのかもしれない。
神学においても、体系知というフレームワークを前提としない神探求の有り様が、ありうるのではないでしょうか。

きっとこのような問いが、私がお訊きしたかったことです。
神学素人ですので、よく知らずに意見を言っています…。教授願えれば幸いです。




[47] 中村せんぱいへ

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 7月21日(金)14時42分13秒 121-82-159-1f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

初投稿ありがとうございます。なるほど、と思いました。ランサム先輩にも是非、応答していただきたいところですが、まずはぼくの応答を、と思います



ええ、と、ランサム先輩のやつは、オープン神学という体系が成り立ち得るということを示そうとした、ということではないかな、と思うんです。それには、相手があって、それは、神の全知・全能によって固まっちゃっているクローズドな神学体系。ランサム先輩は、ちょっと待て、それが唯一の可能な回答ではないぞ、と。けれども、それを主張するときに、やはり、論理に齟齬をきたしていないと、取り上げてもらえない、というところがあると思うんです。



だから、ランサム先輩は論理化・体系化して、オープン神学の橋頭堡を築こうとした、のだと思います。けれども、中村せんぱいの言うとおり、体系化できる神は標本の神、生きている神ではありません。クローズド神学の神も、オープン神学の神も,神ご自身のお姿を正しく写しているわけではないのでしょう。三角測量というのがあります。アレキサンドリアからローマの見える角度とアンテオケからローマが見える角度、そして、アレキサンドリア・アンテオケ間の距離、それらを用いてローマとの距離を計算するわけです。神さまについても、同じようにいろいろな見方が必要なのでしょう。



そのような意味で、「『神学』とは、いつでも神を『箱の中に入れる』宿命を負っているのでしょうか(対話のなかでその『箱』を壊していくという前提のもとで、一旦は『箱の中に入れる』ほかないのでしょうか)」という中村せんぱいの問いへのぼくの答は「イエス」です。絶えざる神学の組み直しこそが、神学の営みであろうと思うのです。それは、ぼくたちが、なにかのフレームワークなしには、ものを考えられない、という限界を持っているからだろうと思うのです。



中村せんぱい、また、その他の方がたの応答をお待ちします。



[45] 「オープン神学」と「焚き火党」の違い?

投稿者: なかむら 投稿日:2017年 7月21日(金)12時20分3秒 i220-220-22-74.s41.a006.ap.plala.or.jp  通報   返信・引用

お初に書き込みします。『焚き火を囲んでー』を読んで、思いあまって大頭先生にメッセージを書いたところ、「他の人にも共有したいからここに書きこんでくれ」との主旨の返答をいただき、慣れないながら掲示板に書きこんでいます。
以下、内容です(一部改変)。

___
 こんにちは。唐突のご連絡の無礼、お許し下さい。中村といいます。友人である〇〇がFacebook上で先生の『焚き火を囲んで聴く』を紹介していたのですが、それを読み大変感銘をうけました。
 正体不明でしょうから、少しだけ自己紹介をしますと、僕は現在山形県にある私学高校で教員をやっています。大学院の頃にはレヴィナスを研究対象としており、「開け openness」を一つの関心あるテーマとして扱っていましたので、そのような点でも大頭先生のお話には関心を引かれました。

 様々な点で刺激を受けたのですが、特に先生の開かれた対話の姿勢に、福音派における新たな可能性を見る思いがしました。
 今回唐突のご連絡で迷惑かとは思いながら、どうしても気になることがあり、メッセージを書いています。何かといいますと、キータームである「オープン神学」についての解説(第五章の応答として山﨑ランサム和彦氏が書かれた「愛なる神が与えてくださる冒険」の内容です)に、違和感を覚えたという話なのです。いや、この表現は正確にはちょっと違いますね。「オープン神学」というものがあり、それが山﨑師の説明の通りなのだろうということには納得しました。けれど私のなかでは、「オープン神学」は大頭さんが大事にしているものとは決定的に違うのではないか、という感覚がしたのです。
 もう少し説明させてください。山﨑氏の「愛なる神が与えてくださる冒険」でのオープン神学についての説明を、私が読んで抱いた感想は、「なんと体系的な説明だろう」というものでした。それは、神の手触りを確認しながらそれを一つ一つコトバにしていく、大頭さんの「焚き火」的なアプローチの真逆に位置する説明のように思われたのです。オープン神学が、山﨑氏の説明のように、神と人間の関係についての全体像を、ある理論でもって明らかにし、出来るかぎりに論理的整合性をつけて説明しきろうとするものであるならば、それはナラティブに意味を見出し語ろうとする大頭先生が拠って立つ場にはなりえないのではないか、と思ったのです。神のオープンネスについて語られていることは、非常に共感します。しかしそれを「オープン神学」という一箇の体系だった神学理論として説明しようとすると、大頭先生が大事にされているものとの大きなズレが生じてくるような気がしたのです。そこでは、「生きた神」が、「ある理論の枠内に位置づけられる神」に変換されてしまう(そういえば先生自身が、「ほんとうはオープン神学などというコトバは使わないほうがよいのだ」と書いていますね)。

 ご著書を読みながら抱いた感想は、理論体系のなかに神を押し込めない、そのような「神学」はありうるのか、というものです。それとも「神学」とは、いつでも神を「箱の中に入れる」宿命を負っているのでしょうか(対話のなかでその「箱」を壊していくという前提のもとで、一旦は「箱の中に入れる」ほかないのでしょうか)。いずれにしても、大頭先生の語る内容に、そうした通常の神学とは異なる神探求の可能性を見せていただいたように思います。おそらくそうしたアプローチが、本書のタイトルの「焚き火」や「神の【物語】」、「【対話】篇」という言葉のうちに含まれているのだと思いますが。

 もしかすると、若輩ゆえピントを外した感想を抱いているかもしれません。感想とも質問ともつかぬ内容で失礼しましたが、こうした発言も「焚き火」を囲む場であれば許されるかと思い、メッセージ送らせていただきます(勝手に隣に飛び込んでしまいました)。
 心揺さぶられるご著書、本当にありがとうございました。結局多分、僕が先生に伝えたかったのは、この最後に書いた感謝なのです(ということに書き終わった今気付きました)。



[44] 来週のイベントポスターの画像

投稿者: かわむかい 投稿日:2017年 6月24日(土)10時53分7秒 ai126198118005.60.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

ポスターの画像です。

場所は ナザレン大坂桃谷教会 http://momodani.net/



日時 : 2017年6月26日 18;00 開場 17:30
費用 : 投げ入れ型で実施します。(桃谷教会にお納めします)
その他: 関係者の本の直売も致します。

http://melma.com/backnumber_199690/



[43] 来週月曜日のイベント告知

投稿者: かわむかい 投稿日:2017年 6月24日(土)10時44分21秒 ai126198118005.60.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

イベント案内いたしました。

http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=1223

http://melma.com/backnumber_199690/



[42] (無題)

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月23日(金)13時12分12秒 121-82-167-181f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

「焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇」10章の古川先輩のところに出てくるあの詩の原詩が公開されました。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=716124128456333&set=a.154129364655815.38312.100001762577587&type=3



[41] Re: 焚き火マーク

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月 8日(木)18時33分49秒 121-82-167-181f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.40[元記事へ]

木坂先輩
それは気がつきませんでした(火がつきませんでした)。だんだん火が大きくなっていくようにすれば、よかったですね。 大頭


> 各ページの隅に焚き火マークが印刷されているので、あっこれはと思って、めくって見たけれど、パラパラマンガではなくて少々ガッカリしました。(^_^;)



[40] 焚き火マーク

投稿者: 木坂聖一 投稿日:2017年 6月 8日(木)18時13分45秒 pl32744.ag1313.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

各ページの隅に焚き火マークが印刷されているので、あっこれはと思って、めくって見たけれど、パラパラマンガではなくて少々ガッカリしました。(^_^;)



[39] Re: 焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇 リンク集 修正情報

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月 8日(木)09時08分14秒 KD182251251040.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

川向先輩
リンク集のメンテナンスありがとうございます。ブログの続編にもドキドキ!

> 焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇 リンク集
>
> Chapter 3 久下先生の写真を入れ替えました。



[38] 焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇 リンク集 修正情報

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 8日(木)08時57分11秒 180-145-73-223f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

焚き火を囲んで聴く神の物語・対話篇 リンク集

Chapter 3 久下先生の写真を入れ替えました。

https://takibilinks.wordpress.com/2017/03/08/chap3/



[36] (無題)

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 7日(水)08時20分52秒 180-145-73-223f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

たき火協賛のブログ記事、更新しました。


『焚き火を囲んで聞く神の物語』の楽屋話 悪役レスラー篇 その2(予定調和じゃつまらない)
http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=1214

完全原稿型…
説教者不在につきラジカセのテープでの説教も…
人工知能を活用したロボット説教者…
コンピュータ教会…
マンネリ化を防止し、礼拝にリズムを与える教会暦とリタジー
計算機やA.I.は神を理解するか?心を持つか?
予定調和を崩すのがお約束の悪役レスラーとして


よろしければどうぞ

http://voiceofwind.jugem.jp



[35] Re: 焚き火を囲む温もり

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月 5日(月)11時03分27秒 121-82-167-181f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.34[元記事へ]

阿部先輩
『きよさ』への憧れってステキ!


> 大頭先輩
>
> 今お世話になっているルター派の教会の牧師先生に、正木先生の講座の録音CDを頂いて、繰り返し聞いていました。ルター神学には聖化はないと話されていました。でも、先日その教会の牧師がこんなことを言っていました。「一方で、『きよさ』への憧れのようなものは、あると思う」と。興味深いなと思いました。
>
>
> > 阿部先輩
> >
> > 投稿第2号ありがとうございます。ルターな人びと!ルター自身は救いの喜びの中でわれを忘れて躍っているようなところがあって、聖化についてはあまり考えていなかったという、うわさです。これもうわさですが、「救われた人は、雪でおおわれたう○この山だ」とも言ったらしいいです。ルターとルターな人びとはちがうでしょうが、ルターな人びとについては、どうなんでしょう。正木先生やルターな人びと、もし聞こえたら応答をお願いします。
>



[34] Re: 焚き火を囲む温もり

投稿者: 阿部俊紀 投稿日:2017年 6月 5日(月)10時28分35秒 p686126-ipngn4401aobadori.miyagi.ocn.ne.jp  通報   返信・引用 > No.31[元記事へ]

大頭先輩

今お世話になっているルター派の教会の牧師先生に、正木先生の講座の録音CDを頂いて、繰り返し聞いていました。ルター神学には聖化はないと話されていました。でも、先日その教会の牧師がこんなことを言っていました。「一方で、『きよさ』への憧れのようなものは、あると思う」と。興味深いなと思いました。


> 阿部先輩
>
> 投稿第2号ありがとうございます。ルターな人びと!ルター自身は救いの喜びの中でわれを忘れて躍っているようなところがあって、聖化についてはあまり考えていなかったという、うわさです。これもうわさですが、「救われた人は、雪でおおわれたう○この山だ」とも言ったらしいいです。ルターとルターな人びとはちがうでしょうが、ルターな人びとについては、どうなんでしょう。正木先生やルターな人びと、もし聞こえたら応答をお願いします。



[33] 6月第1週段階でのブログ拾いました。

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 5日(月)08時02分23秒 180-145-74-134f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

ブログ 新着記事  2017年6月 第1週

ミーちゃんはーちゃん
http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=1209

http://voiceofwind.jugem.jp/?eid=1213

阿部様
http://yaplog.toshikiabe.com/archive/384

中村様
http://rhythmsofgrace.blog.jp/archives/22356857.html

http://voiceofwind.jugem.jp



[32] Re: 第一号投稿!

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 5日(月)06時40分11秒 180-145-74-134f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.27[元記事へ]

> 木坂先輩! 第一号投稿ありがとうございます。聖めについてのぼくと久保木先輩の対話、みなさまどうお感じになりましたか。

じゃぁ、砂漠の師父の皆さんは、ヘリコプター?空飛ぶ自動車か?w っておもったけど。



[31] Re: 焚き火を囲む温もり

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月 5日(月)06時38分31秒 121-82-167-181f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.28[元記事へ]

阿部先輩

投稿第2号ありがとうございます。ルターな人びと!ルター自身は救いの喜びの中でわれを忘れて躍っているようなところがあって、聖化についてはあまり考えていなかったという、うわさです。これもうわさですが、「救われた人は、雪でおおわれたう○この山だ」とも言ったらしいいです。ルターとルターな人びとはちがうでしょうが、ルターな人びとについては、どうなんでしょう。正木先生やルターな人びと、もし聞こえたら応答をお願いします。


> 投稿第一号は気が引けたので、まんをじして投稿します、なんて(笑)
> なんと言いましても、焚き火を囲んでの空気がとても温かい。神様が招かれる牧場ってこんなんだろうなぁ、救いってこんなんだろうなぁ、と思いました。モー先輩が登場する18禁のところは、律法に関して新しい扉を開いてもらった感じがしました。そこでいただいたイメージで、今朝は、雅歌を繰り返し読み、みことばから神様の福音への招きを感じることができました。また、聖化の地図のところでは、カルヴァンな人びととウェスレーな人びとが出でました。そこにルターな人びとも出てきて欲しいなと思いました。ガードレールの内側を、それぞれの自動車が走り方に違いがあれど、同じゴールに向かって走っているのですよね。ルターな人びとの聖化の走り方についても聞いてみたいと思いました。



[30] Re: 焚き火を囲む温もり

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 5日(月)06時22分3秒 180-145-74-134f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.28[元記事へ]

> モー先輩が登場する18禁のところは、律法に関して新しい扉を開いてもらった感じがしました。

おお、シネルゲイア。正教会神学の目くるめく深い神秘主義の世界へ・・・



[29] Re: 書籍をありがとうございました

投稿者: 管理人 投稿日:2017年 6月 5日(月)06時17分59秒 180-145-74-134f1.hyg1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用 > No.26[元記事へ]

> このティーカップの掲示板、以前私も使ってました。懐かしいです。

結局面倒回避、でこれになりました。



[28] 焚き火を囲む温もり

投稿者: 阿部俊紀 投稿日:2017年 6月 4日(日)17時58分33秒 p711195-omed01.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用   編集済

投稿第一号は気が引けたので、まんをじして投稿します、なんて(笑)
なんと言いましても、焚き火を囲んでの空気がとても温かい。神様が招かれる牧場ってこんなんだろうなぁ、救いってこんなんだろうなぁ、と思いました。モー先輩が登場する18禁のところは、律法に関して新しい扉を開いてもらった感じがしました。そこでいただいたイメージで、今朝は、雅歌を繰り返し読み、みことばから神様の福音への招きを感じることができました。また、聖化の地図のところでは、カルヴァンな人びととウェスレーな人びとが出でました。そこにルターな人びとも出てきて欲しいなと思いました。ガードレールの内側を、それぞれの自動車が走り方に違いがあれど、同じゴールに向かって走っているのですよね。ルターな人びとの聖化の走り方についても聞いてみたいと思いました。



[27] 第一号投稿!

投稿者: 大頭眞一 投稿日:2017年 6月 3日(土)10時22分2秒 121-82-167-181f1.kyt1.eonet.ne.jp  通報   返信・引用

木坂先輩! 第一号投稿ありがとうございます。聖めについてのぼくと久保木先輩の対話、みなさまどうお感じになりましたか。どんどん投稿なさってください。なお、今年10月9日(月・体育の日の祝日)ナザレン近畿聖会@大阪桃谷教会でも焚き火を囲めたら感謝です。


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